ナイトレイの庭園をほっつき歩いていたは、ふと足を止めた。
木々のざわめき。
花々の囁き。
それらに紛れて...
「・・・?」
どこからか、途切れ途切れの旋律が夜風に乗って流れてくる。
顔を上げれば、眩しいくらいに満天の星空。
鳴っているのはどの星だろう。
音を探して暗闇に耳を済ませた。
「こっちかな・・・」
音を辿って、は庭を移動した。
吸い寄せられるようにふらふらと歩き出す。
・・・夜の散歩中、いいものに出会った。
星灯り浴びて、闇に潜む宝物を探しに。
***
ペンの柄でコツコツと譜面台を鳴らす。
時折鍵盤を叩いては、頭をガシガシと掻きむしり・・・
「ああっ、畜生・・・!」
ついにエリオットはペンを放り出した。
纏まらない、掴めない。
心に響いてるメロディを引き出せない。
(・・・くそっ)
イメージはすぐそこにあるのに。
思い描けるのに。
掴もうとすると霞みがかったように、ぼやけて・・・消えていく。
「今日は終いにするか・・・」
散らかった譜面をぼんやりと眺めながら、呟くエリオット。
最後にもう一度、部分部分に拾い上げられた音符達を繋げて、紡いで・・・
椅子を蹴倒して立ち上がった。
「誰だ!?」
窓に向かって誰何する。
外の闇を睨みつけるが、何の反応もない。
だが気配はある。
テーブルの上に置いてあったペーパーナイフに手を伸ばし、慎重に窓際へ近寄った。
リーオがこの場にいたならば、きっと攻撃する武器より身を守る防具を手に取るべきと言いそうだ。
だが生憎、今は一人。
身を低くして、じりじりと近づき・・・片手で勢いよく窓を開ける。
「・・・?」
窓から入ってくるのは、涼やかな夜風だけ。
気のせいか・・・窓の淵に手を掛けて少し身を乗り出すと、下の方でガサリと音がした。
見下ろしてみれば、小さな影・・・猫だ。
拍子抜け。
大きく息を吐き出し、次いで風を深く吸い込む。
頭の奥がスッとした。
(根詰め過ぎたか・・・)
駆け去っていく猫をぼんやりと見送り、窓を閉めようとしたエリオット。
だがふと後ろ髪引かれ、外の闇を振り返る。
「なんだ・・・?」
感じた微かな気配・・・それは仄かに甘い、澄んだ香り。
花の匂い。
庭園から吹きそよぐいつもの風の中に、一筋の嗅ぎ慣れぬ匂いがエリオットの鼻を掠めた。
どこから漂ってきたのか。
・・・出所は何処か。
(風の気まぐれか・・・?)
腑に落ちないまま、エリオットは窓を閉める。
・・・と、その時。
「・・・!」
閃いた。捉えた。
足をもつれさせてピアノに走り寄り、ペンを取る。
浮かんだメロディを譜面に殴り書いた。
忘れる前に、消える前に・・・一筋の旋律を形にした。
***
窓の開く音に、ヴィンセントはうっすら目を開けた。
侵入者にのんびり声を掛ける。
「やぁ・・・おかえり、」
「おはよ、ヴィンス。起したかな」
ふあぁ・・・と欠伸を一つして、まだ夢から覚めきってないような気だるい動作で体を起こした。
「朝帰り、かぁ・・・。一体どこ行ってたの・・・?」
「散歩。広いねぇ、ナイトレイのお屋敷は」
「・・・君がそれを言う・・・?」
呆れたような呟きに、苦笑する。
「言うよ、『あの』屋敷は・・・私のじゃない」
「ふぅん・・・」
さして興味もなくの相槌を打ち、つとテーブルの上に視線を彷徨わせる。
「まぁどうでもいいよ・・・」
ティーカップに手を伸ばして、心底どうでもよさげにどうでもいいと台詞を吐くヴィンセント。
そんな彼には質問してみる。
「ねぇ、ヴィンス。聞きたいことあるんだけど」
「・・・何?兄さんにはいつ会えるのかって質問は却下だよ。教えてあげない」
「別の質問。
このお屋敷でピアノ弾けるのって、誰?」
「・・・ピアノ・・・?」
「そ、ピアノ。夜な夜な聞こえてくるんだよねぇ・・・。
なんだろ、あれ。作曲でもしてるのかな、途切れ途切れでさ。
いい旋律って思って耳傾けてると、プツッと止まって、また流れ出して。
気になると言うかイラッとすると言うか・・・」
「・・・聞かなきゃいいのに」
「でもメロディはすごく綺麗なんだよ。聞き惚れちゃう」
の歌い出した鼻歌を右から左に流しつつ、ヴィンセントは紅茶の湯気をふぅっと吹いた。
「作曲って言うなら・・・多分エリオットかな」
「・・・エリオット?」
「そう、義弟(おとうと)」
「・・・ふむ」
義弟、弟、オトウトねぇ・・・と、『おとうと』という言葉の響きを確かめるかのように、は繰り返す。
あんまり熱心にその単語をメロディに乗せているので、ヴィンセントはちらりとを横目で見た。
・・・手からカップを取り落としそうになる。
「・・・」
「ん〜?」
「どうしたの、その顔」
「・・・?」
ヴィンセントの問いに、は鼻歌を止めた。
否、正確にはヴィンセントの『問いに』対して、ではない。
ヴィンセントの問い掛ける『口調』が、あまりに酷いものだったからである。
『 鬱 陶 し い 』
そんな感情が露わな台詞だった。
でもって振り返ってみたら、顔にも出てた。
綺麗な顔が歪んで時を止めている。
そっちこそなんて顔してるんだと言いたくなったが、まず先に自分の顔を触ってみる。
「・・・なんか変?」
「すっごく気持ち悪い・・・」
「ひどいよ、ヴィンス。私はずっと前からこの顔だ」
「知ってる」
「尚ひどいって・・・」
むにっと頬を引っ張って、はヴィンセントに舌を出した。
・・・彼はもう興味を無くして、彼女を見てはいなかったけれど。
不貞腐れたは紅茶を一気飲みする。
カラになったカップを行儀悪く音を立ててテーブルに置き、ビスケットを数枚口に放り込んだ。
もぐもぐ口を動かしながら、再び窓に歩み寄る。
「ご馳走さま」
「どこ行くの?」
「散歩の続き、とピアノ聞きに行ってくる」
「行ってらっしゃい・・・見つからないようにね」
おざなりなヴィンセントの声は、果たして彼女の耳に届いただろうか。
人影消えた窓を見るともなしに眺めて、つい溜息を零すヴィンセント。
・・・何だったのだろう、あの緩み切った顔は。
間抜け面にも程かある、そう思ったのだが口にするのも面倒だった。
(まぁいいや・・・もうひと眠り・・・)
窓から入ってくる風を感じながら、ヴィンセントは静かに目を閉じた。
*
今日もあてどなく散歩する。
遠くからピアノの音が聞こえてくる。
風に吹かれて、音が舞う。
・・・空を見上げて、は笑う。
「・・・やっぱり、いい曲」
曲のベースは仕上がったんだろう。
今日のはいつもより音が多い・・・連弾かな。
途切れ途切れに流れ来る旋律。
今は遠く離れた場所から聞いてるだけだけど。
・・・いつか傍で聞きいてみたいな。
***
不意に止まったピアノ。
リーオは首を傾げて、奏者を見た。
「どうしたの、エリオット」
「・・・いや、何でもない」
何か気に入らない音でもあったかな。
首を傾げつつ、リーオは言う。
「少し休憩しようか。もう朝からずっと引き通しだ」
「・・・ああ」
リーオの提案にエリオットはぼんやり頷く。
窓の外を眺めながら、ぽつりと呟いた。
「・・・何か足りない」
「・・・曲のこと?いい出来だと思うけどな」
曖昧に頷いて、エリオットは椅子から立ち上がった。
いい仕上がりではある。
だが何かあと一つ・・・足りない。
それが分からない。
悶々とした頭をすっきりさせようと、窓を開けて風に当たる。
「・・・?」
どこからか歌が聞こえてきた。
途切れ途切れの・・・鼻歌だろうか。
風に乗って、ふわりとそれは舞い降りた。
・・・俺の作った曲。
誰かが歌っている。
一体誰が、とか、盗み聞きされてた、とか。
いろんな思いが過った。
「・・・エリオット?」
「・・・何だ?」
「何かいい譜、思いついた?」
「・・・?」
唐突はリーオの問いに、エリオットは首を傾げる。
そんなエリオットに、リーオは小さく笑い掛けた。
「だって・・・笑ってるけど?」
「・・・何?」
「笑ってるよ、エリオット」
言われて、思わず手で顔を覆う。
・・・笑ってる?
確かに触れた頬の筋肉が緩んでるように思えた。
口元も僅かに上がっている。
「・・・なるほどな、分かった」
呟きながら、確かに自分は笑っているのだと自覚する。
体の奥からこそばゆい感情が湧き起こる。
誰か知らないが、この曲を聞いて口ずさむ人がいる。
・・・聞いてくれてる。
足りないのは、この旋律を聞いてくれる『誰か』。
下手くそな鼻歌に背を向け、エリオットは再びピアノに向かう。
指を鍵盤に置く。
いつか完成したら・・・歌声の主に聞かせてやりたい。
風が運ぶ花の香りに目を細め、そんな思いを乗せて。
それはまだ互いに気づかぬ恋の歌
風が運ぶ、花が匂う...
[ あとがき ]
いつか自分のサイトで始めたい『PandoraHearts』のお話です。
序章的な感じで書いてみました。
やよいちゃん、素敵なタイトルをありがとうございました!
企画運営、応援しております。
鈴 星