一匹、二匹。飛び掛ってくるモンスターをレナトは剣でなぎ払っていく。このあたりのモンスターはそれほど強くない上に、群れのボスを叩けば大抵散り散りに逃げていく傾向にある。
警戒するべきは、統率がとれている連携的な攻撃だ。油断していれば不意打ちをくらうことも十分にあり得る。レナトは剣をふりあげながら、相手の隙をうかがった。
「レナト!!」
後方でレナトのサポートをしてくれている仲間の大声があがる。瞬間的に体をひねり、すぐ後ろまで迫っていた一匹の攻撃を避ける。けれど避けた正面にはまた一匹、しかも体格からして群れのボスだ。レナトはボスの正面に誘い込まれたらしい。回避行動が間に合う距離ではない。
振りかざされた鋭い爪に痛みを覚悟した瞬間、銃声と共にボスの濁った悲鳴があたりに響き渡った。体勢を崩し、隙を見せた相手に体重をかけた一発を叩き込む。確かな手ごたえがレナトに伝わった。
ボスが深手を負ったせいで、群れは統率を失った。そうなってしまえばすでにレナトたちの敵ではない。レナトは逃走をはかろうとしたボスの前にまわりこみ止めを刺した。
「レナト、お疲れ様。どこかケガしてない? 治すわよ」
「いや、かすり傷程度だから。それにしてもさっきは助かった、パンネロ。声かけてもらわなかったら危なかった。ありがとな」
「どういたしまして。ところで、ひとつお願いしてもいいかしら。どこかでヴァンと二人きりにしてほしいの」
「ああ、いいよ。次の街でいい?」
「ええ。いつもありがとう、レナト」
「パンネロも大変だな。いつも集団行動の上に相手はヴァンだ。なかなか空気読んでくれないんだろ?」
「そんなところもヴァンの魅力だもの。それに、この旅に着いて来たのは私の意思だしね」
パンネロは笑い、レナトも笑い返す。おだやかな雰囲気を破るのは聞きなれた怒鳴り声だった。
「なんだよそれっ! 子供扱いはやめろって言ってんだろ!」
少し離れたところから聞こえてくる声はヴァンのものだ。それにパンネロが困ったように苦笑して、そちらへと向かう。
ヴァンがこんな風に騒ぐ相手といえば、大抵アーシェかバルフレアである。しかし最近のアーシェは以前にあった棘をあまり見せなくなっている。それを考えれば、相手は自然とわかった。
パンネロの後を追って声のほうへ向かえば、やはりバルフレア相手にヴァンがなにか怒鳴っている。けれどそれは怒りが爆発したようなものではなくて、子供がじゃれあうかのようにレナトには見えた。
「お子様にはわからない話だったな」
「なんだよオッサン!」
顔をひきつらせたバルフレアの攻撃にヴァンが情けない悲鳴をあげている。いつもとたいして変わらないレベルの低い応酬だ。
声をかけるでもなくじっと見つめるレナトに気がついたのか、ちらりと、バルフレアの視線がレナトに向けられた。レナトとバルフレアの視線がかち合う。
「っ!」
けれどそれも一瞬のことで、すぐさまそらされる。まるでレナトの視線になど気がつかなかったように。
いつまでもバカをやめない二人にアーシェがなにか声をかけ、バルフレアがそれに言い返したようだった。そこでまた口論が始まり、アーシェの眉がはねあがった。遠目からでも、バルフレアがアーシェをからかうのを楽しんでいるのがわかった。
胸の奥にわきあがる感情にぎゅうぎゅうと蓋をして、レナトは明るい声で仲間たちに駆け寄った。
「なーにバカやってるんだよ、お前ら! 早く街に行きたいんですけどー!」
* * *
緊急にしなくてはいけないことがない限り、大きな街に入った後は自然と自由行動になるのは暗黙の了解だ。仲間たちは次々と街に繰り出して行き、レナトも例に漏れなかった。
「レナト、一緒に飯食おうぜ!」
「お前はさっきパンネロと一緒に行くって話してたじゃん。たまには二人きりの時間を楽しんできたら?」
「えぇ〜、そういう微妙な気遣いいらねーんだけど」
「パンネロはそうじゃないかもしれないだろ? わかる?」
首を傾げているヴァンがパンネロに呼ばれ立ち上がる。次は一緒に行こうなと叫びながら手を振って去っていったヴァンに、レナトは全然わかってねーなと内心呟いた。
ヴァンの後姿を見送ってから、レナトも昼食をとる店を探し始めた。モンスターから手に入れたおたからを売ったばかりのため、懐は暖かい。まずはゆっくりと美味しい昼食をとり、その後、アイテムの補充をするつもりだ。久々の自由行動。昨晩は宿に泊まりベッドで休むことができたため、疲れもない。それらはレナトを浮かれさせるには十分の要素であるはずだ。
そうであるはずなのに、レナトの気分は晴れない。その原因を追究する気はおきなくて、レナトはぼんやりと立ち並ぶ屋台をひやかし始めた。
大きな街なだけあって活気に満ち溢れている。絶えず商人たちの声が響き、食欲をそそる匂いがたちのぼる。ちょうど昼時ということもあって行き交う人は多く、誰かにぶつからずには歩くこともできない状況だ。
「よう、兄ちゃん! 旅の人かい? うちで一杯どうだ?」
「兄ちゃんそれよりもうちのお嬢さんたちと楽しい時間を過ごしたらどうだ!?」
次々とかけられる勧誘の声の中に混じるあやしげな文句に、聞き間違いかとレナトは思わず顔をそちらに向ける。目があったのは中年の男だ。にやりと下品な笑みを浮かべた男は、人ごみの中からレナトの腕をつかんで引きずり出し、人通りの邪魔にならない場所を陣取る。
強引なやり口に眉をひそめつかまれた腕を振り払うが、男は気にする様子を見せなかった。
「興味あるかい? 綺麗どころばっかり集めてるよ!」
「……おっさん、こんな昼間からいかがわしい商売してるなよ。しかもこんな大通りで」
「なに言ってんだ、俺んとこの店はほら、すぐそこさ。もちろん今の時間も営業中だ」
男の指差すほうを見ればたしかに、屋台の続く通りの中にひときわ目立った派手な娼館が見える。女たちが外に出て客引きをしていないところを見ると、時間帯はわきまえているらしい。女子供も食事をしに来ている時間だ。レナトには当然に思える。けれど男にとってはそうでないらしかった。
「うちの綺麗な姉さんたちが出てきてくれりゃあ、兄ちゃんだって絶対その気になるってのに。どうだい、兄ちゃんみたいな男前だったら、姉さんたちもがんばってお世話してくれるはずだぜ」
「そういう気分にはなれないから遠慮しとくよ」
「そんなこと言わずにさあ。幼女から妙齢の女までそろえてんだ、うちは。なかなかない品揃えだってこのあたりじゃちょっと有名なんだぜ。今なら俺の口利きで安くしてやるよ。な、どうだ!」
「だからさあ、遠慮するって言ってんじゃん。聞いてる?」
男のしつこさに、レナトは不愉快さを隠しもせずに言った。わずかに殺気をにじませれば、男の顔色が変わる。それでも口が動き続けるのはたいした根性だった。
「なんだなんだ、そんな怖い顔しちゃって。欲求不満かい? 恋人とご無沙汰か? それとも今はアタック中だったりするのか? そりゃ大変だ、片思いは溜まるだろう。兄ちゃんの好きな相手に似た姉さんを探してやるから、今夜は面影でも重ねて――」
レナトの様子に焦ったのだろう、男の話は違う方向へと転がりだす。そしてそれは見事にレナトの地雷を踏んだ。
素早く男に足払いをかけ、勢いよくひっくり返った男の肉付きの良い腹を思いっきり踏みつける。品のない蛙のような声は男があげたものだった。突き刺さるような殺気をあびて、男はレナトの足元で硬直する。
「いい加減にしろよ。ぺちゃくちゃうるせぇ」
「ひ、ひぃ……」
騒ぎ出したのはまわりにいるものたちだった。踏みつけられている男を見て目を見張り、そしてその後殺気だったレナトを見て顔を青くする。にぎやかなバザーの一角で血をみるかとどよめきが広がる。
今にも剣に手をかけそうなレナトを止めたのは、すぐそばで屋台をやっていた屈強な男だった。
「兄ちゃん、なにがあったか知らねえけど、この通りでの流血沙汰はやめてくんねえか」
ぐい、と力強くレナトの肩をつかむ。途端に、あふれていた殺気がおさまっていく。男はまだ踏みつけたままレナトは振り返り、自分を止めた男を見た。そしてあたりを見回し、己が騒ぎの中心となっていることに気がつく。
「……ああ、悪ぃ。揉め事をおこすつもりはなかったんだ。すぐにここを立ち去るよ」
レナトが足を退ければ、男はひぃひぃ言いながら逃げ出す。
「最近ちょっとハードな旅が続いててさ……ごめん、疲れてるみたいだわ。マジで流血沙汰をおこす前にさっさと宿に戻るから安心して」
先程まで酷い殺気を発していたのと同一人物とは思えないぼんやりとした口調でレナトは言った。瞬間的に頭に血がのぼったものの、冷静さを取り戻すのも早かった。男に会う前のように、レナトになんともいえない倦怠感が戻ってくる。
事態は収束したとみてか人も散っていき、すぐさまにぎやかな姿を取り戻す。ふぅと息をついたレナトの肩を、先程の屈強な男が叩いた。にぃと白い歯をみせて笑う顔は、愛想の良い屋台の親父といったところだった。
「昼飯はもう食ったか? まだなら俺んとこで食っていけ。俺のかみさんが作るパイはうまいんだ」
あれよあれよというまに、レナトはミートパイの入った袋を手に宿への道を歩いていた。まだ暖かいそれをひとつ取り出してかじりつく。
「……うまい」
つんつんとささくれ立った心が癒される。気がのらず注意力散漫なまま人ごみに入ったのが今回の失態のそもそもの原因だった。レナトは今日出かけたのは失敗だったと反省する。自由行動だからといって無理に街に出る必要はなかったのだ。
宿を出てからまだ一時間も経っていない。まだ仲間は誰も戻っていないだろう。ちょうどいいから荷物整理でもしてしまおう、とレナトは予定をたてていく。アイテムの補充は仲間たちの様子をみてから明日にしても間に合うだろう。
パイを咀嚼しながら宿の階段をあがり、部屋へと入る。以前と比べればだいぶ良い宿に泊まれるようになった。今回の日当たりのよくて小奇麗な部屋に女性たちがたいそう喜んでいたのを思い出す。
食べかけのパイを机の上において、レナトは自分の荷物をベッドの上で広げた。バッグの中の砂がはらはらと舞うのを見て、窓を少しあけ、風を入れる。外からは明るいざわめきが飛び込んでくる。レナトはその明るさとは対極の重いため息を吐き出した。
「今日は随分と荒れてるみたいだな、レナト?」
すぐ後ろで聞こえた声に、レナトは反射的にナイフを取り出して突きつけようとする。しかしその動きを読んでいたのか、声の主はあっさりとそれを避けて意地の悪い笑みを見せた。
「真後ろをこんな簡単にとられていいのか? だから誘い込まれたりするんだな、お前は」
なにを指して言っているのかレナトにはすぐわかり、嫌そうに顔をゆがめた。
いくら相手が仲間で、注意力散漫だったとはいえ、まったく気がつけなかったことがちくちくとレナトのプライドを刺激する。ナイフをベッドに投げ捨て、壁によりかかってレナトは相手を見返した。
「…………はいはい、そーかもね。あの時は助かったよ。――ところで、どうしてこんなところにいるんだ、バルフレア。アンタ、街ではたいてい遊び歩いて、帰ってくるのはいつも朝だろ?」
「騒ぎをおこしただろう。お前に絡んだ男がぎゃんぎゃん大声出して邪魔してくれてな。黙らせようと思ったら、その男が言う特徴が妙に仲間のソレとぴったり一致してたもんでね」
「それか……悪い。迷惑かけたことには謝るよ。でも、いくら邪魔をされたからといって、アンタが俺のところまで来るなんて、なに考えてるんだ?」
「仲間の心配をしちゃ悪いか?」
「アンタ、そんなタマじゃないだろーに。ま、別に、理由を言いたくないなら言わなくていいけどね。ところで、いつまでここにいんの? 暇なら荷物整理手伝ってよ」
バルフレアの冗談めかした返事に、レナトは話を切り上げる。胸のうちをさらけ出してくるような相手ではないし、本当の理由など知る必要はなかった。
旅をする中で嫌でも知った色男ぶりを考えれば、理由を知りたくないといえば嘘になる。けれどバルフレア相手の好奇心が良いほうに転がることなどありえず、レナトは早々に知ることを諦めた。
自分の複雑な心理を誤魔化すように、レナトはできるだけ明るい声でバルフレアを誘った。
「残念ながら暇じゃないんだ、これが。レディたちとの時間を投げ捨ててまで宿に戻ってきたんだから、目的はちゃんと果たさないとな?」
「ふーん。まあいいけどさ。また出かけるのはアンタの勝手だけど、明日の朝にはちゃんと戻って来なよ。この前みたいに遅れたら、今度こそアーシェが切れるから」
「それはお前次第だな」
「はあ? 意味わかんな……うわっ! なに!?」
ぐいとレナトの腕を掴んで、引きずるようにしてバルフレアが歩き出す。突然のその行動に動揺し抵抗ということすらままならない。それをいいことにバルフレアはレナトをベッドの上に放り投げた。そしてバルフレアもベッドに乗り上げる。自分のベッドの反対側ということは、バルフレアに割り当てられたベッドだろうと、混乱する頭でどうでもいいことをレナトは思った。
気がつけばバルフレアに完全にマウントポジションをとられており、レナトは身動きがとれなくなっている。安いスプリングが二人の男の体重であげる悲鳴はひどく耳障りだった。
「……バルフレアさあ、思ったより腕力あるのね。俺、まさか放り投げられるとは思わなくてびびった」
「お前が軽いだけだ。前衛のくせに随分うすっぺらいな。もっと筋肉つけたほうがいいぜ」
「残念なことになかなかつかないんだよ。バッシュぐらいが目標なんだけどさ」
とっさにレナトの口から出た言葉は、やはりどうでもいいことだった。
服の隙間からバルフレアの手が進入し、わきばらをあやしい手つきで撫でていく。冷たい手の感触に身体がふるえ、動揺と入れ替わりに羞恥心と怒りがレナトを襲う。不埒な手を払いのけようとしてもうまくいかず、レナトは苛立ちもあらわに、見下ろしてくる端正な顔立ちを睨みつけた。
「バルフレア、冗談はほどほどにしといてよ。……それとも相手がそんなにいい女だったわけ? だから怒ってんの? だからといってこれはやりすぎなんですけど。このセクハラ男」
「怒ってるのはお前のほうだろう? 最近はずっとイライラしっぱなし。あんまり嫉妬心丸出しにしてると、まわりに不審がられるから気をつけろよ」
「なんのこと? 頼むから俺にわかるように話してよ」
レナトの怒りの表情など気にする素振りも見せず、耳元で意地の悪い笑みを浮かべてバルフレアはささやく。その吐息に思わず顔を真っ赤にするレナトをバルフレアが笑ってやろうとした途端、レナトは渾身の力でバルフレアを跳ね除けた。がたんと派手な音をたてながらベッドから転がり落ちる。
バルフレアが素早く体勢を立て直した時には既に、レナトは部屋からの逃走を始めていた。伊達に長い旅を乗り越えているわけではない。しかしそれはレナトに限った話ではなく、バルフレアも同様だった。
「っこのやろう! 逃げんじゃねえ!」
ドアを開けて今にも飛び出そうとしているレナトの服を引っ張って、バルフレアは力任せに中へと引き戻す。勢いのあまり、レナトは隅にまとめてある荷物の中へと背中から突っ込んだ。
その隙にバルフレアはドアを閉めて、邪魔が入らぬよう鍵もかけてしまう。多少騒いだ程度で誰かが来るような宿ではないが、用心にこしたことはない。
突っ込んだ際にどこか打ったのか、背中をさすりながらレナトはふらふらと立ち上がった。
「なんのつもり、バルフレア」
「お前が逃げようとするからだろうが。ったく、余計な労力使わせやがって。俺に肉体労働をさせんじゃねえ」
「この状況で平然としてるほうがおかしいから。そこどいて。アンタが出て行かないなら俺が出て行く」
「そういうわけにはいかねえな。言っただろう、俺にはちゃんと目的があるんだよ。まわりに当り散らしてるお前の苛立ちを解消させてやろうってな」
笑いながらバルフレアが距離をつめてくる。狭い部屋の中でレナトに逃げ道などなく、レナトはあっという間に壁際へと追い詰められた。だんと激しい音をさせて顔のすぐ横の壁にバルフレアが手をつき、ゆっくりと顔が近づけられる。お互いに見つめあい、視線はわずかも動かず交わったままだ。
既に、少し首を伸ばせばキスできるほどの距離までバルフレアは迫っていた。どれほどアップになっても、レナトの前にいる男の美貌はかわらずであり、むしろ手入れの行き届いた様子がよりいっそううかがえた。
バルフレアは隙だらけであり、いっそ仕込んである隠しナイフを使うかとレナトは半ば本気で考えたが、次の瞬間のバルフレアのひと言で頭が真っ白になった。
「お前、自分で気がついてないか? アーシェとヴァンに嫉妬丸出しの目してるぜ。俺が女と遊んで戻った時と同じ目だ。そんなに気になるか? それとも羨ましいのか?」
「なにを、わからないことを…………」
「俺の言葉にそのとおりだと頷いて認めろ。楽になれるぜ。簡単なことだ」
何人もの女を落としてきたのだろう甘い声でささやきかける。
「俺のことが好きなんだろう」
疑問系などではなく、確信をこめた言葉だった。息を呑んだレナトの喉からひゅっと嫌な音がする。
その後のレナトの行動は半ば無意識だった。素早い動作で隠しナイフを取り出し、目の前の男に切りつける。レナトの行動は想定内だったのかバルフレアは距離をとったが、わずかに間に合わずに頬をナイフがかすめた。
頬を伝う血にバルフレアが眉を顰めているうちに、レナトは窓を開け放って逃走を開始した。二階にある部屋からすぐそばの木へと飛び移り、あっという間に下までするすると降りていく。地面に足をつけてからようやくレナトは何も持たずに飛び出してしまったことに気がついたが、戻る気はさらさらない。
ばくばくとレナトの心臓が激しく動いている。二階の窓を見上げれば、レナトの逃走をあっさりと許した男が楽しそうに顔を歪めて見下ろしていた。視線がぶつかり、再び息を呑む。
ただその男が恐ろしくて、レナトは宿に背を向けて駆け出した。とにかく捕まらない遠くまで行かなくてはいけないという強迫観念が働いた。気を抜けば許してくれと叫びだしそうだった。誰に、何を許して欲しいのか、自分でもわからなかった。
知らない街の中をやみくもに、走って、走って、走った。普段のレナトにとってはなんてことない距離のはずなのに、なぜか酷く疲労感を感じて足を止める。どこか知らない薄暗い路地裏の壁に寄りかかって、ずるずると座り込んだ。服が汚れることなんて気にならなかった。
脳裏に浮かぶ男の顔に、歯軋りをする。
「――なんだよ、俺のことばっかりふりまわして……! むかつくむかつく……! なんであんな男っ!」
なんの後ろめたさも持たずに無邪気にバルフレアにじゃれついてそれを許されるヴァンに嫉妬していると言えば、至極当然のこととしてバルフレアの隣に立つことを許されるアーシェが羨ましいと言えば、あの意地の悪い男は満足するのだろうか。
バルフレアは女好きの男で、有名な空賊で、でこぼこなパーティーのメンバーの一人だ。何度もそう言い聞かせて、なにも気がついていないふりをして、レナトはすべてに蓋をしようとした。それが一番楽な方法だと知っていたから。
「頼むから放っといてよ……」
ただのパーティーメンバーでいさせて。閉じ込めておきたい気持ちを、引きずり出さないで。
「それは無理な話だな。さっさと言えよ。そうすりゃ、お前が欲しくてたまらない言葉を言ってやる」
上からふってきた言葉にレナトの体が硬直する。いつのまにか、目の前に立っている。誰かなんて、わからないはずがなかった。逃げなければと思うけれど、レナトの体は金縛りにあったようにぴくりとも動いてくれなかった。一時おさまっていたはずの動悸がまた激しくなり、レナトはバルフレアにまでその音が届いているのではと心配になる。
伸びてきた手がうつむけていた顔を無理矢理にあげる。言え、と命令。
バルフレアの瞳には、笑いの色が宿っている。それに気がついた途端、ずきずきと目が痛くなり、レナトの涙腺が崩壊した。レナトの顔をあげているバルフレアの手に、力がこもる。
限界だった。
「…………だ。アンタのこと、マジで、バカみたいだけどっ……、好きだよっ! これで満足かよぉ……!」
嗚咽をもらしながら叫ぶようにして、レナトは言葉を吐き出す。まるで子供のようにぼたぼたと涙をこぼしながら、好きだと繰り返し呟いた。涙で視界はぼやけ、バルフレアがどんな顔をしているか、レナトには見えない。それにレナトは少しほっとした。
すっとバルフレアの手が離れていったので、レナトは膝に顔をうずめて泣き声を噛み殺そうとする。嘲る言葉が落とされるか、それともそのままこの場を無言で去っていくかわからないが、バルフレアのこの後の行動にこれ以上惨めな気持ちにならないよう、そっとそっと、いつものように心に壁を作ろうとする。
けれど、次の瞬間ふわりとレナトを包んだ温もりと、耳元でささやかれた言葉は、そんなものをすべて突き抜けた。その言葉を理解するまで、数秒。反射的に顔をあげれば、珍しい、ご機嫌なバルフレアの顔が飛び込んでくる。
嘘だろうと突き放してしまえるほどレナトはバカではなかったし、それが本心かどうかわかる程度にはバルフレアのことを見てきたつもりだった。
涙は止まらない。べたべたの汚い顔をバルフレアに押し付けて、レナトはもう一度、バルフレアが何度も要求した言葉を口にした。
そうやって、いつもアンタはズルイんだ
(あとがき)
Project『Minor×Dream』さまに提出しました! 素敵な企画に参加できてうれしいです!
今回の目標@戦闘シーンA自分の気持ちを認めたくない主人公B口説くバルフレアって思っていたんですけど達成できなかったので、いつか再チャレンジしたいです。一応、バルフレアは主人公のことを口説いているんです。自分の文章力不足が悲しい。
もっとバルフレア夢が増えますように。