強くて、だけど繊細な彼はいつも、大事な事は言ってくれない。

「さよならデス」
「んーばいばいー」

きっと私の思考回路も何もかもがいつまで経っても子供だからなのだと思う。

「・・・随分とあっさりしてますネ」
「え?どっか出かけるんでしょ?」

だけど、私にしてみれば彼は大事な大事な恋人で、それは彼にとっても同じだと信じていた。

「・・・ハァ、じゃあこう言えば分かりやすいですカ」
「ん?どうしたのブレイクさん、なんか今日変、」

「別れましょう、お別れデス」

大切な事はいつも、話してはくれない。





また来るねと手を振って






それはまだ蒸し暑さの残る夏の終わり頃、私の一生に一度だと思っていた恋がひとつ、終わった。彼がどうしてそうしたのか、理由は知らない。聞いた所で話してくれるとは思っていないから、聞く事すらしないまま笑顔で別れた。向こうも多分、笑っていた気がする。円満円満、良いことじゃないか。

ーっ!」
「うわっ!」

テラスに肘を付き、ぼうっと外の景色を眺めていた所、後ろからアリスが勢い良く飛びついてきた。その後ろから、オズが困ったような苦笑いを浮かべてついてくる。最近ではもう慣れてしまった、恒例の風景だ。だけどいつもなら、その飛びついてきたアリスに私も飛びつき返してふたりでじゃれ合うのだけど、何も考えずにただぼうっとしていた私は一気に現実へと引き戻されて、驚きのあまり飛びつき返す事も忘れてただ声を上げるしか出来なかった。少し不満だったのか、アリスが頬を膨らませて抗議の声を上げる。

「いつものあれがないぞ!」
「あ、ああ・・・、ごめんねアリス」

そんな私の態度に更にアリスは不機嫌になり、ぷいっとそっぽを向いた。そんな所も可愛くて心を擽る。少し頬を綻ばせた私を見たオズも、その不審さに気付いて、何かあったのかと聞いてきた。何もないよ、と上の空で返せば、オズは更に眉を顰めてふぅん、と一言だけ言った。

「そういえばブレイク見てない?ちゃん」
「・・・」

わざとらしく、声を少し低くしてオズがそう聞いた。見透かされている、根拠もないまま私はそう確信した。オズは本当に、鋭い。ゆっくりと後ろの方にいる彼に目をやると、同じく鋭い視線をこちらに向けた彼と目が合った。少し怯めば、それすら見透かされて彼は含みのある笑いを浮かべる。そんな私達の、心の内でのやりとりを、訳が分からないとでも言うようにアリスが首を傾げながら、ふたりとも何をやっているんだ、と誰へとも無く問うた。それに答えてあげる人は、いない。

「見てない、けど」
「・・・アリス、ちょっと買出し行って来れる?」
「そんな面倒な物をなぜ私が、」
「お肉いくらでも買ってきていいよ」
「行ってきまーす!」

ぴゅんっ、とアリスがオズの財布をひったくって、飛ぶように部屋を出て行った。さすがはオズ、アリスの扱いにはすっかり慣れてしまったらしい。更に言えば、人払いをした、という事だろうか。勝ち誇ったかのような笑みを浮かべるオズは、最強だ。負けた。

「はい、話していいよーちゃん」

ニコニコと無邪気に笑うこの一見純真無垢な少年は、少し離れた位置で、だけどそれが逆に私を追い詰めながら、異様なオーラを放っている。言いたい事がこの時点でわかってしまえば本当に負けだ。だけどそう思っている時点で、寧ろそれよりも前に私は、彼の言いたい事が分かっていたのかもしれない。どっちにしろ、この少年には勝てない。つまりこうだ、ブレイクと何があったのか、それが聞きたいのだろう。私はひとつ、わざとらしく溜息を吐いた。

「・・・無理、オズには勝てないや」
「うん、そうだろうね」

尚もニコニコを笑みを絶やさない目の前の少年の脳内を解剖してみたい。

「別れた」

一言だけ、私はそう言った。オズはあまり驚かない。予想済み、もしくは最初から知っていたのだろうか。

「ブレイクの事は、もう嫌い?」
「・・・!」

どうしてこの少年は、こうも話の核心を突いてくるのだろう。どきっと心臓が大きく跳ね、そしてその一瞬をオズは決して見逃さない。

「嫌い」
「嘘だ」

まったくもって彼の言う通りだ。

「それ以上聞いちゃうと私泣くかも」
「泣いたらオレが慰めてあげようか」

冗談なのか本気なのか、おちゃらけた風にオズは言ってのけた。そんな彼に私は思わず笑ってしまう。それにつられてオズも笑った。

「オレは、ブレイクとちゃんなら大丈夫だと思ってるよ」

それだけ言って、彼はくるっと身を翻して「アリス帰ってきたかなー」と部屋を出て行った。
大丈夫って、何が大丈夫なのか分からないけれど、どうしてか少し心臓の辺りが軽くなったかもしれない。

「はは、子供のくせに」

私だって、子供のくせに。
考えても考えても無限ループな思考を振り払い、私は肘をついていたテラスに足をかけ、フェンスを飛び降りた。もちろん自殺ではない、単に玄関まで行くのが億劫だっただけだ。すとん、と着地して、そのままとある場所へと足を進める。予定通りであれば、ひとりで歩いている筈はないのだけれど。

今日は、星が降る日だ。













「ブレイク、オズ様!今日は流星群が見れるそうですよ、私楽しみでなりませんわ」

非常に整った顔で柔らかくシャロンちゃんは微笑んだ。本当に可愛い。ちなみにアリスとギルが居ないのは、オレが買出しに行ってもらったアリスがいつまで経っても帰って来ないのをギルが嫌々探しに行って未だ戻ってきていないからだ。それはそうと、先程シャロンちゃんが言った通り、今日は流星群が見れる日らしい。ここからでも見れると言うことは、山奥かどこかへ行けばそれはもう言葉じゃ表現できないくらいに、綺麗に見れるんだろう。ブレイクとシャロンちゃん、それに続いてオレが、テラスへと出た。空はもうすっかり暗くて、月が綺麗な夜だった。だけど、ブレイクはどこか憂鬱そうな、それこそ普段通りに振舞ってはいるけれど、オレにはまるで流星群を見るという事自体あまり気が進まないように見えた。他人と同じだけの喜びを共有できないからなのか。

ブレイクは、視力を失った。皆知っている、ただ一人を除いては。

「・・・あら?さんが居ませんわ」

ぴくん、とブレイクが一瞬だけ僅かに跳ねた。それにシャロンちゃんは気付かない、だけどオレはそんなに優しくはない。シャロンちゃんは困ったように、うろうろと辺りを歩き回る。ブレイクは何か心当たりがあるのか、フェンスの向こう側のとある一点を、眉を顰めてただ見つめる。オレはひとつ、誰にも聞こえないように溜息を吐いた。

どうして皆、素直になれないんだろう。

「最近色々と物騒で困るよな、この前通り魔とか出たって聞いたし」

ブレイクは、はっとこちらを振り返る。

「まあ、アリスにはギルがついてるし大丈夫か!」

そうブレイクの方を向いて言えば、彼は目を少し見開いた。オレの言いたい事は、解るだろう。視えなくても、ブレイクが一番解っている筈だ。ふ、と口元に笑みを浮かべて、ブレイクはオレの方をしっかりと向いて、それからフェンスに足をかけて言った。

「一つ言いますけど、私は決して君に言われたからこうする訳じゃありませんヨ」

そのまま、ブレイクは姿を消した。まったく、本当に似たもの同士だ。それはそうと、オレはこの状況をシャロンちゃんにどう説明すれば良いものか。新たな悩みが生まれた瞬間だった。







しゃり、と草むらを掻き分けては奥へ奥へと進む。途中変な男数人に絡まれもしたが、この私が体術で負ける筈がない。即刻殴り飛ばしておさらばだ。よくブレイクに、もう少し女性らしく振舞えと注意されたものだと、少し前の事なのに随分と懐かしく感じられた。夏だというのに、少し寒い。山奥だからなのか、薄着だからなのか、それとも隣に誰も居ないからなのか。ちら、と隣を見れば、居るはずのない人がそこには居るのだけれど、それも一瞬で消えてしまう。それがなんだか余計に切なくなり、私はぶんぶんと頭を振りその場にだらしなく寝そべった。ここはきっと、星が一番綺麗に降り注ぐ。

「まだかなあ」

少し前にした筈の約束を、果たして彼はまだ覚えていてくれてるだろうか。きっと、忘れているだろうな。
考えれば考えるほど切なくなる私の思考回路に嫌気がさし、あー、と一言唸り頭を抑えた。


“うわあ!ブレイクさん聞いて!来月星が降るって!”
“・・・星が降る?何の事ですカ、それといい年してそんなにはしゃぐんじゃありませン”
“星が降るの!世間じゃ流星群って言うらしいけど”
“ああ、流星群ですか。いや寧ろそっちの方が普通だと思いマスけどね”
“あー楽しみ”
“・・・一緒に、見ますカ”
“・・・ふふ、その言葉を待ってました!私すごい良いとこ知ってるんだよ!”
“まったく、君って人は”


無意識にそんな記憶が甦った。気付かない内に泣いていたのか、頬を何かが滑り落ちた。それと同時にカサカサと物音が聞こえて、なんだここは私だけが知っている穴場じゃなかったんだ、と少しがっかりした。だけどそれに続いて、よく知っているような、少し離れていただけなのに随分と懐かしく感じるような、甘い甘い匂いがして涙が次々と溢れて止まらなくなった。

「何、一人で泣いているんです」
「・・・なんでいっつも、そんなお菓子ばっかり、持ち歩いてるかなあ」

泣いている事なんかを悟られないように一気に喋ろうとしたが、それが仇になり逆に不自然に途切れ途切れとなった。ずず、と鼻水をすする音までつい出してしまう。重苦しい溜息が上から聞こえた。頭を抑えていた手をどければ、そこに見えたのは広い広い夜空ではなくて、私の愛しいひと。しゃがみ込んで逆さに私を覗き込む彼の、視線が私のそれと絡んだ。

「・・・ブレイクさん、」
「なんですカ」
「なんで居るの、」
「君が通り魔にでも襲われやしないかと心配になったんデス。不要な様でしたけど」

先程伸びきっている男を数人見かけました、と彼は続けた。くすくす、と笑い声が聞こえる。だけどそれも次第に止み、しぃん、と辺りが静寂に包まれた。ただただ私を覗き込む彼と、涙を流し続ける私。お互い一言も喋らないままただ、時間だけが過ぎていった。

星が降るまであと、どれくらいだろうか。

「星が、降るの」

誰へともなく、私はそっと呟いた。

「知ってマス」

そして彼もそう、呟いた。

「一緒に、見よ」

いつか彼が私に言った言葉を、今度は私が彼に言う。

「みえないんです」

だけど彼が私に言った言葉は、かつて私が返したものとは似ても似つかないような、言葉だった。

「私には、何もみえません」

もう一度、彼は言う。心臓が止まるのにも近い感覚がして、息をするのが苦しくなった。その意味を、私は頭が悪いのかそれとも認めたくないのか、理解ができずにただ涙を流す事しかできない。

「視力そんなに、下がってたんだね、今度一緒に眼鏡とか、」

無理やりそう言って泣きながら笑う私に、彼は優しく言い放った。優しく優しく、名前を呼ぶ。



世界が止まる。

「もう、二度と見えません」

絶望に染まる彼の瞳の向こうに、私は二度と映らない。ひとつ、彼の向こうで星が降った。願わくばあの星が、願いを叶えてはくれないだろうか。

「・・・やはり、君にはまだ早かった様だ」
「・・・?」
「子供なんデス」

ずきん、と心の奥がちくちくと痛んだ。早い、って何のことだ。子供、そんなの分かってる。色んな思いがぐちゃぐちゃに混ざり、ぶわ、と涙が更に溢れ出す。女の子がこんなにも泣いているというのに、ブレイクは顔色ひとつ変えないでただ、変わらず私を見下ろしていた。

「・・・何、じゃあ私の為に別れたって、そう言いたいの」
「・・・」
「誰かの為、っていう言い訳を一番嫌ってたのはブレイクさんなのに、」

少し、彼の表情が動いた。また、喧嘩してしまう。だけど、言わずにはいられなかった。私は子供だ。大人の格好をした子供、だけどそれを言えばこの男だって――――ブレイクさんだって。

「私の事は、嫌いですか」
「・・・嫌いデス」
「私は好きだよ」

私はブレイクさんを避けるようにして起き上がり、彼と向き合った。その瞳に私は、映っているだろうか。

「・・・まったく、君って人は」

大きく溜息を吐いて、もう言われ慣れてしまったと言う程言われたその呆れ言葉を、彼は苦笑いを浮かべて私に放った。オズに、感謝するべきなのかもしれない。どうしてか分からないけれど、感謝するべきなのだと思った。理由もなしに感謝するだなんて、おかしな話ではあるけれども。

それからゆっくりとブレイクさんは私の方へと近づいてきて、鼻と鼻がぶつかるくらい、息が届くくらいに近づいた所で彼は止まった。そんな距離で止まられては、少し(というか大分)恥ずかしくなってしまう。え、と困った様に私が言えば、彼はにっこりと笑って、言った。

「みえないので、続きはがドウゾ」
「ちょ、!?」

まじか、と脳内がフリーズする。至近距離すぎてあまり見えはしないが、きっと彼は今までにないくらいに、笑っている事だろう。喋りたいが喋れば喋る程、唇から彼の熱が微かに伝わってきて余計に恥ずかしくなってしまう。それも見通してか、早くして下さい、とわざとらしく唇を動かして喋った。どき、と心臓が大きく跳ねて、顔が熱くなった。

それから私は、どうにでもなれと半分自棄になり、ブレイクさんの襟元を引っ掴んで一気に距離を縮めて、唇と唇が繋がった。というより、力を入れすぎたのかなんなのか、がちん、と歯と歯がぶつかる音すらして、痛みのあまり私は顔を歪めた。くすくすと、一際大きな笑い声が聞こえる。

「下手くそですネェ」

十分に痛みを和らげる時間すら私に与えないまま、次は彼が私の襟元を引っ掴んで、今度こそ唇と唇が重なって、繋がった。ん、と声を上げればすぐさま彼の舌が私の口内に侵入し、犯す。少ししてゆっくりと唇が離れて、銀色の糸が引いた。そして、名残惜しく切れる。

「・・・みえてなくないじゃん」
「みえてませんヨ」

今度は私がくす、と笑い、つられてブレイクさんも笑い、それから満天の空に星が降り注いだ。私達はふたりして、空を見上げる。

「・・・きれいだね」
「・・・そうデスね」

そっと手が触れ合って、それから繋がった。その手の温もりが暖かくて、目尻に溜まっていた涙が思わず零れ落ちた。

「泣かないで下さい、子供が泣くのは苦手デス」
「・・・さっきまでなんともなかったくせに」
「なんの事でショウ」
「それに、もう子供じゃないよ」

一瞬だけ目を見開いて、それからはおかしいくらいに、ブレイクさんは声を上げて笑った。少しむっとして何で笑うの、と私が責めれば、返って来た言葉は以外なものだった。

「そうですね」

それに今度は私が目を見開く。彼の方を向けば、ばっちりと視線が絡んだ。それから彼はまた夜空の方へと向き直り、そしてその場に寝転がり、次に私の肩を引いて、私は半強制的に彼の隣へと倒れこんだ。

「もう一度、私とお付き合いをしませんカ」

勝手に振っといてなんて身勝手な男だ。

「・・・どうぞ宜しく」

満天の星空の下でもう一度、唇が重なった。






手なんて振らせない、



も一緒だよ














あとがき:

久々のブレイクです。長い上に色々と読みにくく、更には11巻ネタバレという・・・
こんなものですみませんです。でも楽しかったです、素敵な企画を有難う御座いました淡雪さん!
これからも応援しております、頑張って下さいね^^

それでは、ここまで読んで頂き有難う御座いました!

榊煉